押し切る営業から、信頼で選ばれる存在へ
- 3月25日
- 読了時間: 4分
K.Aさん
銀行:渉外担当
勤続12年、既婚

出身地 : 一宮市 | 好きなスポーツ: 野球 |
出身校: 岐阜大学 | 好きな言葉: Connecting the dots |
―まず最初に、入行の経緯からお聞かせください。
大学は岐阜大学工学部の情報系でした。数学や物理が得意で理系に進みましたが、授業はあまり肌に合わず、将来SEとして一日中パソコンに向かう姿にも違和感がありました。進路を考える中で「金融ってかっこいい」と感じ、銀行や証券会社を中心に就活。第一志望級だった別の銀行はエントリーシートで不通過となりました。文章量が多く、うまく書ききれなかったのも原因だと思います。結果として、愛知県内で規模が大きく選考が早かった当行へ入社。「法人融資担当の方がかっこよさそう」というイメージも後押しになりました。
―現在は、どのような業務に取り組まれているのでしょうか?
現在は副支店長として、仕事の7〜8割がマネジメントや育成です。自分が前に出る案件もありますが、新規開拓というより、既存取引先からの相談や紹介案件が中心ですね。部下との同行や案件相談、目標設定、進捗管理、支店やエリアの数字管理、予算組みなどが主な業務です。会議を頻繁に回すタイプではなく、同じフロアで日常的に会話をしながら、必要なタイミングで自然と相談が集まるスタイルに近いと思います。
―次は、転機についてお聞かせください。
大きな転機は、銀行7〜8年目頃に出会った、圧倒的に仕事ができる営業の存在です。生命保険業界でTOTを連続受賞するようなトッププレイヤーで、成績が凄いのにガツガツしていない。売り込み感がなく、落ち着いているのに結果を出す姿が印象的でした。事業承継などの知識も深く、銀行にも精通していて、その“スタイルの美しさ”に影響を受けました。この出会いをきっかけに、押し切る営業から、知識と信頼で選ばれる営業へと、自分の営業観が大きく変わったと感じています。
―これまで辛い時期もあったと思いますが、どのようなことがありましたか?
大きな挫折は少ない方ですが、6年目頃に「この営業をあと数年続けるのはきついな」と感じた時期がありました。当時は最後に押し切る営業も多く、精神的に疲れやすかったですね。打開のきっかけは、市役所への転職活動で不合格になったこと。落ちたことで腹を括り、仕事に戻りました。心構えはシンプルで、目標がある以上、達成しないと上司に言われる。言われる前に終わらせる。“仕事だからやる”と割り切り、淡々とやり切ることで乗り越えてきました。
―セールスパーソンとして、最も大切にされていることはどういったことでしょうか?
大切にしているのは、「誰でもできる仕事」ではなく「自分にしかできない案件」をやることです。融資のリプレイスのような仕事ではなく、企業の相談役として情報が集まる立ち位置をつくる。お客様が他社提案も含めて持ってきてくれ、判断や助言ができる存在を目指しています。情報収集を苦にせず、事業承継なども早くから学び、銀行に得がなくても顧客メリットがある提案を重ねてきた結果、今のポジションができたと感じています。
―ご自身の経験や学びを、後進の指導や育成にどのように活かされているのでしょうか?
育成のスタンスはフラットです。若手には「失敗してもいい」、係長クラスには「評価されている分、責任を持ってほしい」と伝えています。意図的に声掛けを設計するというより、日常会話の延長に近いですね。必要以上に踏み込むことはしませんが、外してはいけないラインは締めます。期限を守れない場合は、「できないなら報告して」「この週までに終わらせて」と、期限と責任ははっきり伝える。そのバランスを大切にしています。
―ありがとうございます。ご自身の今後のビジョンについてお聞かせください。
ここ2〜3年で、順位を追い続けることへの執着は薄れました。自己肯定感が上がり、「1位でも2位でも、自分が一番仕事できる」という感覚があります。その上で目指しているのは、企業の相談役、コンサル的な立ち位置をさらに強めること。順位よりも、「必要とされ続ける存在」でいる方向に舵を切っています。
―最後に、読者であるセールスパーソンへのメッセージをお願いします。
今スマートに見える人も、最初はみんな泥臭くやっています。若手のうちは、まず量をこなすこと。成果は「量 × 成功率」で、成功率は最初は低いからこそ、量が必要です。自分も若い頃は、朝も午後もひたすら訪問していました。その積み重ねが、今につながっています。




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