15か月ゼロ契約から、1億円超の契約へ
- 5月13日
- 読了時間: 4分
O.Yさん
ハウスメーカー:営業
勤続6年、既婚

出身地 : 豊田市 | 生年月日: 1997年 9月 |
出身校: 東海学園大学 | 趣味: ボードゲーム、お酒 |
ーなぜ今の仕事を選び、今の会社に入社されたのですか?
大学時代は公務員志望で、公務員系のゼミにも所属していました。ただ、自分の人生を考えたとき「成果が正当に評価される仕事がしたい」と思うようになり、営業職に興味を持ちました。大きかったのは兄の存在です。ハウスメーカーでトッププレイヤーとして活躍している兄の姿を見て、この業界に魅力を感じました。業界No.1の会社で自分の力を試したいという思いと、兄からの助言もあり入社を決めました。
ーこれまでの営業人生での転機はどのようなことでしたか?
最初の転機は、新入社員として配属された展示場が1年半で閉鎖になったことです。メンバーがそれぞれ別の展示場へ散ることになりました。その後配属された店舗で出会った店長の存在が、自分の営業人生を大きく変えました。「営業は表彰を目指せ」「常に成果を追い続けろ」と教えられ、目標への向き合い方が大きく変わったんです。その結果、その店舗では3期連続で表彰をいただくことができました。
ー一番辛かった時期、それをどう乗り越えましたか?
店舗異動後、約15ヶ月間まったく契約が取れない時期がありました。営業としては本当に苦しい時間でした。そんな時に思い出したのが、以前の店長の「売れていなくても常に絶好調と言え」という言葉です。事実は変えられなくても、解釈や姿勢は変えられるという意味だと思っています。そこで来店頼みの営業から脱却し、全国の同期に相談してポスティング営業を開始しました。そこから契約が生まれ最終的には1億円を超える契約にもつながりました。
ー営業として自信につながった成功体験を教えてください。
ポスティングという泥臭い営業を本気でやり始めてから、結果が出るようになりました。同期から学んだ手法をそのまま使うのではなく、岐阜の市場に合うよう自分なりに工夫して実践したんです。その結果、ポスティングから複数の契約をいただくことができました。この経験を通して、「努力の方向を変えれば結果は変わる」という手応えを感じ、自分なりの営業スタイルを確立する大きなきっかけになりました。
ー今振り返ってみて「もっと早くやればよかった」と思うことはありますか?
新入社員の頃、法人営業を得意としていた上司がいたのですが、その方からもっと法人営業を学んでおけば良かったと感じています。また、ポスティング営業も早い段階から取り組んでいれば、さらに成長できたのではないかと思いますね。今振り返ると、優秀な人に積極的に話を聞きに行く姿勢が少し足りなかったと思います。成長の近道は、できる人から素直に学ぶことだと実感しています。
ーセールスパーソンとして、どのようなことを大切にされていますか?
身だしなみや所作、言葉遣いといった基本を徹底することは、営業としてとても大切にしています。また「売れればいい」という考え方ではなく、お客様の予算の中でどれだけ良い家を提案できるか、そして岐阜の街に良い家を残していけるかという視点を常に意識しています。一件一件のお客様との出会いを大切にしながら、この地域の住宅市場をより良くしていく気持ちで営業しています。
ーお客様とはどのような姿勢で向き合われていますか?
私は、自社の商品だけが正解だとは思っていません。大切なのは、お客様にとって本当に良い家づくりができることだと思っています。そのため、たとえ当社で建てない場合でも、土地探しの相談に乗ったり、間取りのアドバイスをすることもあります。そうした関わりの積み重ねが信頼につながり、結果としてご紹介をいただけることも多いです。営業というより、人としての信頼関係を大切にしています。
ー後輩の教育で意識していることはどういったことですか?
後輩と接するときは「まず与えること」を意識しています。自分が学んできた営業ノウハウや経験は、できるだけ惜しみなく共有するようにしています。営業は個人競技のように見えて、実はチームで成果を出していく仕事だと思っています。後輩が成長すれば、チーム全体の力も上がる。そうやって組織全体で強くなっていくことが理想ですね。
ー今後のビジョンをお聞かせください。
将来的には店長、そしてその先の役職へとステップアップしていきたいと考えています。その中でやりたいのは、会社の文化そのものをより良い方向に変えていくことです。店舗や地域ごとにバラバラな文化ではなく、全員が成長し、お互いの成功を喜び合えるような組織をつくりたいと思っています。そんな会社づくりに貢献できる存在になりたいですね。




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